DHTと性欲の関係

DHT(ジヒドロテストステロン)と性欲の関係を「脳」「血液」「薬剤」「臨床データ」という4つの視点で整理して、医学的に正確かつわかりやすく解説します。


◆ 要点

  • 性欲=脳の欲求であり、中心はテストステロン
  • DHTは性欲を直接支配しないが、脳で間接的に影響する
  • DHT単独の増減では性欲は大きく変わらない
  • 5α還元酵素阻害薬で性欲が落ちる人はいるが、個人差が大きい

つまり、DHTは性欲に「必要だが中心ではない」サポート因子です。


① 性欲が発生する仕組み

性欲(リビドー)は、脳の報酬系・情動系・ホルモン系が総合的に刺激されて発生します

中心は:

  • 視床下部(Hypothalamus)
  • 辺縁系(Amygdala 他)
  • 前頭前皮質の意欲
  • ドーパミン、セロトニン、テストステロン

ここで重要なのは、「性欲は脳の現象」であり、外性器の機能から発生するものではないという点です。


② DHTはどこで性欲へ影響するか?

● 「脳内での局所変換」がポイント

血液中のテストステロンは脳へ入り、脳内で5α還元酵素によってDHTに変換されます。

つまり、脳内DHTは「テストステロン→DHT変換」が主体であり、「血液中のDHT濃度」が脳の性欲を表すわけではありません。

→ 血液中DHTを測っても「性欲レベル」は予測できない。

● 役割

DHTは脳内のアンドロゲン受容体を強く刺激し、

  • 性的動機付け
  • 性的ファンタジー
  • 性的報酬感覚の強化

…といった心理的プロセスをサポートします。

ただし、この役割は“テストステロンが十分にある”ことが前提です。


③ テストステロン vs DHT の重要度

性欲の「強さ」を決める要素は、医学的には以下の優先順位です:

性欲の階層(重要度)

  1. 脳の「性への動機付け」=テストステロン×ドーパミン
  2. 性的刺激=視覚・嗅覚・心理
  3. セロトニンや環境因子
  4. DHTによる受容体刺激(補助)

つまり、

  • フロントエンジン:テストステロン
  • ターボチャージャー:DHT

のような関係です。

DHTは強いアンドロゲンですが、「エンジン(T)が弱いのにターボだけ強くても車は速く走れない」のと同じです。


④ DHTだけを上げても性欲が上がらない理由

よくある誤解は「DHTが強い=性欲が強い」です。

しかし実際には:

  • DHTは血中→脳へほぼ移行しない
  • 脳内DHTはテストステロンから生成される
  • 血中DHTを増やしても脳に届かない

血液中DHTを上げても、脳の性欲はほぼ変わりません

AGA治療でDHTを抑えても「血中DHTが下がるだけ」で、脳内テストステロンや局所DHTは大きく変化しないため、性欲が問題にならないケースが多いのはこのためです。


⑤ 「DHT低下で性欲が落ちる人」がいる理由

実際、フィナステリドやデュタステリドを飲んで、「性欲が落ちた」と感じる人は確かに存在します。

理由はいくつかあります:

● 1. 個人差(脳内の変換効率の違い)

脳内でテストステロン→DHTへの変換が、性欲に強く関与するタイプの人は、この経路が抑制されると影響しやすい。

● 2. 心理作用(ノセボ効果)

「性欲が落ちると聞いた」→本当に落ちるという心理的作用があります(研究データ多数)。

● 3. テストステロン値が低い人

もともとTが低い人は、DHTのサポート効果が重要で、そこが下がると「一気に減ったように感じる」。

つまり、

  • DHT低下で性欲が落ちる人は「脳内変換が性欲の主」
  • 落ちない人は「性欲の主がテストステロン」

というタイプ分けが考えられます。


⑥ 高DHT状態と性欲

逆に「DHTが高い(AGA体質)」=「性欲強い」と思われがちですが、これは科学的には一貫性がありません。

AGAは、

  • 毛包で5α還元酵素活性が高い
  • DHT感受性が高い

という「局所的特徴」の話です。

全身の性欲と頭皮のDHTは論理的に別問題です。

AGAの人の性欲が強いというデータもありません。


⑦ 性欲を決める本当の因子

性欲は実際には次が主要因です:

ホルモン:

  • テストステロン
  • LH/FSH(性腺刺激ホルモン)
  • コルチゾール(ストレス)
  • プロラクチン(上昇で性欲抑制)

心理・神経:

  • ドーパミン(やる気、快楽)
  • セロトニン(不安、抑制)
  • ストレス
  • 睡眠(深睡眠でT合成)

身体:

  • 栄養
  • 運動
  • 脂肪率
  • 血流

→ DHTはこの中で「脳内アンドロゲン受容体刺激の一部」に位置します。


⑧ 研究データ

臨床試験の結果は一貫しています:

フィナステリド(1mg/日)

  • ほとんどの男性で性欲は維持
  • 2〜10%で性欲低下を感じる
  • 多くは軽度か一時的

デュタステリド(0.5mg/日)

  • DHT抑制がより強いが、
  • 性欲低下の割合はフィナステリドと大差ない
  • 多くは継続可能

→「理論上は強く影響しそうだが、実臨床では限定的」

これは「脳内性欲の中心が血中DHTでない」ことを示しています。


⑨ 筋肉トレーニング、性欲、DHT

性欲を上げたいときに、筋トレや生活改善が効くのは、

  • テストステロン上昇
  • ドーパミン活性化
  • ストレスホルモン低下
  • 睡眠改善

によるもので、DHTの変動ではありません


◆ まとめ

  • 性欲の中心はテストステロンと脳
  • DHTは「脳内受容体刺激の補助」
  • 血液DHTを増やしても性欲はほぼ変化しない
  • DHT抑制薬で性欲低下する人は一部:脳内変換依存タイプ
  • AGAの人=性欲強いは科学的に誤り

● 正しい理解

「性欲は男性ホルモンの量ではなく、脳で“どう使われるか”で決まる」