DHTと勃起機能の関係

DHT(ジヒドロテストステロン)と勃起機能の関係を、医学的に正確な理解として「決定因子」「局所作用」「抑制薬の影響」「臨床データ」の4つで整理します。結論から言うと「DHTは勃起の“主役”ではなく、“組織維持の補助”に近い」存在です。


◆ 最重要ポイント

  • 勃起の成否を決めるのは血流とNO(一酸化窒素)経路
  • 性欲の中心は脳とテストステロン
  • DHTは勃起の直接スイッチではない
  • DHTは陰茎組織の維持に関与するが、単独では勃起を起こせない
  • DHTを下げる薬(フィナステリド、デュタステリド)で大半はEDにならない

勃起=血管系の現象、DHT=“陰茎が男性器として存在し続けるための要素”
この理解が医学的に正確です。


◆ ① 勃起はどのように起こるか?

勃起はホルモンだけで起こるものではなく、複雑な生理現象です。

● プロセス(簡略図)

  1. 性的刺激(視覚、触覚、脳内刺激)
  2. 脳:性興奮 → NO合成指令
  3. 神経:陰茎海綿体へNO放出
  4. 海綿体平滑筋が弛緩
  5. 血流が一気に流入
  6. 静脈が圧迫され血が閉じ込められる
  7. 勃起が維持

どこにも「DHTがスイッチになる瞬間」はありません。この回路の中心は「NO(Nitric Oxide)」「血管」「自律神経」です。


◆ ② テストステロンとDHTの役割の違い

テストステロン

  • 性欲(リビドー)
  • 脳の性的動機
  • NO合成酵素(NOS)の発現促進
  • 勃起信号の「流れ」を作る

→「勃起しようとする意欲」を作るホルモン

DHT

  • アンドロゲン作用が強いが、性欲への直接作用は弱め
  • 陰茎組織の維持(長期)
  • 平滑筋の構造維持
  • コラーゲン配列、組織弾性の維持

→「陰茎組織そのものを維持する」ホルモン

短期作用のテストステロン vs 長期作用のDHTという性格があると理解すると正確です。


◆ ③ なぜ「DHTが勃起を起こす」と誤解されやすいのか

理由は2つあります。

● 1. 作用が強い

DHTはアンドロゲン受容体刺激がテストステロンの2〜5倍なので、「強いホルモン=性機能も強い」と誤解される。しかし、強さと役割は別です。

● 2. 胎児期・思春期の支配力が強い

DHTは幼児〜思春期に外性器を発達させるので、そのイメージから誤解される。

発達の中心=DHT、機能の中心=テストステロン

という棲み分けが正しい理解です。


◆ ④ DHTは勃起機能にどのように関与するか?

● 局所作用(陰茎組織)

陰茎海綿体の細胞にはアンドロゲン受容体があり、ここをDHTが刺激することで:

  • 平滑筋細胞の維持
  • コラーゲン過剰沈着の抑制
  • 血管平滑筋の柔軟性
  • 樹状体の維持

などが起こります。

これが意味するのは、長い時間軸で「陰茎が勃起できる構造」を維持するということです。

DHTは「今すぐ勃起する」ホルモンではなく、「勃起できる器官を維持する」ホルモン

この違いが非常に重要です。


◆ ⑤ 5α還元酵素阻害薬(フィナデュタ)とED

● 基本的な考え方

これらの薬はDHTを30〜90%程度下げますが、ほとんどの男性はEDになりません

なぜなら:

  • 性欲→テストステロンが主
  • 勃起→NOと血流が主
  • 脳内DHTは血中DHTとは別回路
  • 陰茎の組織維持は時間をかけて進む

という理由です。

● 性機能への影響

臨床データでは:

  • 性欲低下:2〜10%程度
  • 勃起障害:1〜4%程度
  • 個人差が大きい

ただし、
糖尿病、肥満、高血圧などの血流障害がある人の方が、影響が出やすい傾向があります。


◆ ⑥ DHT低下でEDが進む可能性があるケース

非常に稀ですが、「長期間で陰茎組織が萎縮気味になる」可能性が研究されています。

具体的には:

  • 何年もDHTが非常に低い
  • かつテストステロンも低い
  • さらに血流障害がある

という人で海綿体の平滑筋が減少する報告があります。

ただし臨床的には少数例であり、一般化できません。


◆ ⑦ 「DHTを増やせばEDが治る?」の答え

これは医学的にはNoです。

なぜなら、

  • NO経路が傷んでいる
  • 動脈硬化がある
  • 自律神経が障害されている
  • 糖尿病性神経障害
  • 低テストステロン

など、EDの原因の99%は「血管と神経側」にあるからです。DHTを上げてもこれらは治りません。逆に、PDE5阻害薬(バイアグラ等)が効くのは、NO→cGMP→平滑筋弛緩→血流増加という本質回路を刺激できるからです。


◆ ⑧ DHTが高い人ほどEDになりにくい?

これは正しくありません。

AGA(DHT感受性が強い)≠性機能が強いです。AGAは毛包でDHT感受性が高い「局所的体質」の話であり、全身の勃起回路とは無関係です。AGAの人の方が性欲・勃起が強いという科学的データはありません。


◆ ⑨ 運動・筋力とDHT

筋トレをすると、テストステロンは上昇しますが、DHTは「そこまで上がらない」ことが一般的です。

それでも勃起機能が向上するのは、

  • 血流の改善
  • NO合成の増加
  • 体脂肪減少
  • 睡眠改善

によるもので、DHTの増加ではありません。


◆ ⑩ 要点

勃起全体を科学的に「モジュール化」すると:

機能 主作用 DHTの役割
性欲(脳) テストステロン、ドーパミン DHTは補助
勃起指令 自律神経 なし
勃起発生 NO、血流 なし
組織維持 アンドロゲン受容体 主役級
海綿体弾性 平滑筋 維持役
長期器官保護 抗線維化 関与あり

短期:テストステロン
長期:DHT

というのが本質です。


◆ まとめ

■ 1分で理解できるまとめ

  • DHTは「勃起のスイッチ」ではない
  • 勃起は血流とNOで起こる
  • 性欲の中心は脳とテストステロン
  • DHTは「陰茎が正常な構造であり続けるためのホルモン」
  • DHTを下げる薬でEDになる人は少ない
  • EDの改善は血流改善が中心

■ 正しい認識

DHTは“勃起する能力を長期的に維持するホルモン”であり、勃起そのものを起こすホルモンではない